俺にだって夢があった
一族復興とか復讐とか、そんな事どうでも良くなるような

―――願いがあったんだ

 

 

 

 

愛情の裏返し

 

 

 

 

「サスケ様そっくりの黒髪ですわ。きっとあなた様の才能も受け継いでおられることでしょう」

妻が俺と子供を交互に見ながら言った。
「そうだな…」
俺は安らかに眠る子の頭を撫でる。

ようやく授かった一子。
これで一族復興の道が開けてきた。

だが、俺の心は晴れない。

「サスケ様?」
「今日から任務なんだ。1週間ほど家を空ける」

妻はそれ以上何も言わず、俺は後ろを振り返ることなく家を出た。

 

 

 

2年前、妻をめとった。

否、与えられたのだ。里から。
うちはの持つ写輪眼は絶やしてはならないもの。
里は俺の意志を無視して大名の娘をあてがった。

彼女はひいき目なしで美しいと思う。

深緑の髪に、茶色の目。
大名の娘ということで躾も行き届いており、彼女に対する不満は何一つとてない。
家のこと、子供のことは全て彼女に任せてある。
しかし、彼女は文句一つ言わない。

これがあいつだったら拳の1つや2つが飛んでくることは間違いない。

そう考えて自然と笑みがこぼれて、ハッとする。

また、あいつの事を考えていた。
もう3年も会っていないのに。

 

お前は今どこで何をしているんだ?

ナルト

 

 

 


任務は予定より2日遅れて完了した。
一緒に任務に就いた仲間が怪我をして、それにより予定が狂ったのだ。

しかし、それ以外は何も起きることなく、無事に里に帰って来ることが出来た。
体は疲れ切っていて泥や砂や血などでドロドロだからすぐにでも風呂に入って疲れを取りたいのに、足が家に向かない。

妻に対する罪悪感からだろうか。

仕方ないと思い、とりあえず上忍専用の待合室に向かった。

受付の前を通り過ぎて更に進むと、前から見知った女性が走り寄ってきた。
「サスケ君。久しぶり」
サクラだ。

「そうだな。医忍はどうだ?」
「毎日が勉強だからしんどいけど、とても充実してるわ」
「そうか」

昔はサクラに告白されたことが何回もあったが、今ではかけがえのない友人だ。
俺が気兼ねなく話せる数少ない女友達である。

「サスケ君にも会うなんて、今日はまるで同窓会みたいね」
嬉しそうにサクラは笑った。

「他に誰かに会ったのか?」
「サスケ君よりもっと久々よ」

その言葉に俺はまさかと思った。

「あの子が、ナルトが里に帰って来たのよ」

相変わらずドタバタしている、とサクラは姉のような顔つきでため息を吐いた。

俺はサクラと話すのを早々に切り上げるとナルトの居場所を聞いた。
「上忍専用待合室にいたわよ」
「そうか」

俺は焦る気持ちを抑えて出来るだけ自然にサクラと別れ、待合室へと向かった。

 

待合室の扉を開けると、誰もいなかった。
チッと思わず舌打ちしてしまう。
しかし、里に帰って来たことは確かだ。

必ず捕まえてやる。

俺は待合室を飛び出した。

 

 

その後も多くの仲間に会った。そしてその度にナルトの話を聞く。
俺がナルトに会った場所を聞き、そこに行くと必ずナルトはいなかった。

まるで俺を避けているかのように。

そうか。

あいつはまだ俺のことを忘れていないってことか。


俺はそれが妙に嬉しくなり、更にがむしゃらにナルトを探した。
しかし、結局ナルトを捕まえることが出来ずに夜が更けた。

さすがにまずい。

任務が遅れて予定より遅く帰って来て、更に帰還したのに帰宅をせずに走り回っているなんて噂が立てば後々面倒くさい。
俺は仕方なく自宅へと向かった。

だが、諦めるつもりはなかった。

ようやくのチャンスを逃すつもりはない。

妻たちが寝静まったら夜中にでも再び探そうと思っていた。

 

家への帰路の途中、気配を感じた。

様子からすると逃げるつもりはないようでこちらを待ち構えているようだ。

それは今までずっと探していたものだった。

とても懐かしい気配。

昔はすぐ隣にあったのに、今はとても遠い。

暗闇の中、木の下に誰かがいるのが分かった。
目が慣れてきて最初に目に入ったのは長い金糸だった。

風が彼女の髪をサラサラと撫でている。

青い瞳と透き通るような白い肌。

スタイルが良いというわけではないが、鍛え上げられた肢体は見かけだけの美貌よりも断然美しい。

3年前、最後に会ったあの日よりもまた綺麗になった気がした。


立ち止まった俺にナルトは声を掛けた。

「よっ、サスケ」

ナルトの笑顔だけは3年前から変わっていない。
でも、あの時はナルトの顔からは何も読み取れなかった。

 

あの時―――。

俺は何も言うことが出来なかった。
ただ、金縛りにでもあったように。

あの日は雨だった。


『お前はもう飽きたってば』

 

何も言えなかった。

ナルトの目が俺の全てを拒否しているのが分かったから。
雨の中、傘も差さずに俺はその場でずっと立ち尽くしていた。

ナルトに言われた言葉が頭の中で繰り返し流れて、その度に体の中心が壊れていくのを感じた。

その後すぐにナルトは里外の長期任務に就き、さらにその1年後俺は結婚した。

そして子供が生まれた。

 


ナルトは何も言わずに俺をずっと見つめている。
いや、睨んでいると言った方が良いだろう。
その挑戦的な態度に俺は口元が緩むのが分かった。

ずっと探していたんだ。

こっちから来てくれるなら手間が省けてありがたい。

「こんな時間にどうしたんだ?」
分かりきったことを聞いてみた。
ナルトは大袈裟に肩を竦ませる。

「誰かさんが俺を血眼になって探してるって聞いたもんでね。
変な噂が立つ前にさっさと片付けようかと思って」

「そうか、それは悪かったな」

「悪いと思ってるなら早く用件を言えってば。お前だって早く家に帰りたいだろ?」
「別に帰りたいとは思わない」
「照れるなよ。結婚して子供もいるんだろ?」

いたずらっ子のように笑いながらナルトは言った。

「おめでと」

俺の目を真っ直ぐ見て、薄く笑っている。

「お前は何とも思わないのか?」
「思ってるってば。仲間が結婚して子供が出来て祝福しないはずがない」

相変わらずの笑みだ。
でもまるで能面みたいな表情だ。

俺の好きだった表情ではない。

「はっきり言う。俺はお前がまだ好きだ」
「俺は好きじゃない」

ナルトは間髪入れずに言った。

「それでも、だ」
「何て勝手な奴だってば。そういうのを世間ではストーカーって呼ぶんだぞ」
「世間が何て言おうと知るか。お前の気持ちを聞きたい」

ナルトはため息を吐いた。
「さっき聞いてた?もうサスケのことは好きじゃないって言っただろ」
苛ついたように強調するしてナルトは言う。

「俺が聞きたいのは、お前の本当の気持ちだ。そんな薄っぺらい言葉なんかじゃない」

ピクリとナルトの体が動いた気がした。

ナルトは一瞬俺から視線を外して地面を見つめた。

それは本当に一瞬のことで、きっと俺でなかったら分からなかっただろう。

再び彼女は睨むように俺を見据える。

「お前なんか、嫌いだ」

まるでナルト自身にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「俺が何年お前と付き合ってたと思ってるんだ。お前が嘘をついていることくらい分かるんだよ」
「…何年か前にサスケに言われた。俺は嘘をつく時視線を外すって」
「そうだ」
「俺はずっとお前の目を見ていただろ」
「ああ」
「じゃあ何で嘘だって決めつけるんだよ!?」

声を荒げてナルトはいよいよ怒りを露わにした。

俺の言葉がお前を傷つけ、苛つかせているのは分かる。
だが、お前がそんなに動揺しているのはそれだけが理由じゃないだろ?

「俺にはまるで、必死に目を逸らさないように、嘘がバレないようにしているように見えたからだ」

「―――っ」

ナルトの動揺は明らかだ。

「ナルト」
2人の距離を縮める為に一歩踏み出す。

「来るなっ」
俺が一歩進めばナルトが一歩下がる。2人の距離は縮まらない。

「逃げるな」
「わっ」

腕を伸ばしてナルトの腕を掴む。
抵抗するも、力の差は歴然であっさりナルトは俺の腕の中に収まった。
「止めろっ!放せっ」

尚もナルトの抵抗は続く。

だが、ようやく捕まえたこの存在を逃してたまるか。

このっ、大人しくしろ。

「俺を拒否しないでくれ」
ビクリと体が波打ち、ナルトの抵抗は治まった。
「ナルト」
名を呼び、今までの分を補うように強く抱き締める。
久々に嗅いだナルトの匂いにクラッとくる。

「…バカサスケ」
俺の肩口に顔を押し付けられているため、ナルトがくぐもった声で悪態をついた。
その軽口が昔を思い出させて嬉しい。

「お前が好きだ」
ナルトからの返答はない。
静寂が辺りを包む。

風になびいて葉が鳴いているのが聞こえた。


どれくらい経っただろうか。
時間にすればきっと僅かな時間だろうが、俺にとっては永遠のように思えた。
やがてナルトがゆっくり口を開いた。

「無理だ」
それは拒絶の言葉だった。

「何故」
「俺がまだ好きでどうするんだ?お前が結婚して子供もいるのに、今更もう無理なんだよ」
「……」

ナルトがゆっくりと両腕を動かし、俺の肩を押す。
ナルトの背中に回っていた俺の腕は解かれて2人の間にまた距離が出来た。
温もりが離れていくのを俺はただ呆然と感じていた。

「…お前の幸せを願っている」

そう言って、ナルトは背を向けて歩き始めた。

もう、駄目なのか。

もし俺が妻も子供もいなかったらお前は俺の元にいてくれるのか。

違うだろ。

結局お前は何か理由を作って離れていくんだ。

「ナルト」
俺は呼び止めた。

ナルトも背を向けたままであるが、足を止める。
「俺が好きか?」

周りの奴がどう思おうと関係ない。

お前の気持ちが知りたいんだ。

ゆっくりナルトがこちらを振り向く。


「お前なんか、嫌いだ」

彼女の声は一定で落ち着いている。
凛とした声が闇に響いた。

ナルトは踵を返すと今度は止まることなく歩いて行った。

俺はあの時と同じようにその場に立ち尽くしていた。

彼女の言葉にショックを受けたのではない。

言うならば、自分たちではどうにも出来ないような現実に打ちひしがれているのだ。

俺は暗がりの中でもしっかり見た。

ナルトは泣いていた。


――――俺の目を見つめずに。


その姿が3年前のあの日と被る。

あの日は雨だった。
2人とも傘も差さないで立っていた。

ナルトの髪を伝い頬を濡らす雨。

でも、あれは雨のせいじゃなかったんだな。

あの日もお前は――――。

 


何故、俺たちは別々の道を歩むことになったんだろうか。
どこで道を間違えたのか。

子供が出来たからか。

結婚したからか。

3年前か。

それとも、生まれたその瞬間に俺たちの道は分かれていたのか。


もう元には戻らない現実の中で、俺は必死に打開策を模索した。

だが一向に雨音が、止んでくれない―――。 

 

 

 

 

 

 

 

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