俺にとって、お前は大切な―――
ぼくの兄ちゃん2
「っつ」
ナルトは反射的に指を押さえた。
そろりと見ると、人差し指の先端から血が出ている。
考え事をしていて、包丁を使う手が疎かになり指を切ってしまったのだ。
「どうかしたのか?」
ナルトの声にサスケがキッチンへと来て、ナルトの手首を持つ。
「や、ボーッとしてたら切っちゃって」
「お前は相変わらずウスラトンカチだな」
溜め息交じりに言われたその言葉にナルトはカチンときた。
文句を言おうと口を開くが、その口から言葉は出なかった。
サスケが、ナルトの切った指を口の中に含んだ。
ねと、と舌が傷を舐める。
「ッサスケ」
顔を赤くしてナルトが抵抗するが、サスケはびくともしない。
「一応絆創膏つけるぞ」
ナルトの同様を知ってか知らずか指を開放するとテレビの横にある小物入れの引き出しから絆創膏を取り出し、指につけた。
「あ、りがと」
展開の早さにポカンとしていたが、グツグツと煮る鍋の吹き零れでコンロの火が消えたのに気付いて慌ててそちらに目をやる。
「腹減った」
「お、お前はさっきからそればっかだな。もうちょっと待ってろってば」
育ち盛りなのだろうか。
最後に見た頃よりもまた背が伸びた気がする。
(確か、あいつが高校入学した時は同じくらいの背だったっけ)
だが、今ではサスケの方が背が高くなってしまった。
「いっただきまーす」
ナルトとサスケが行儀良く手を合わせて言う。
サスケはまず最初に味噌汁に手をつけた。
「懐かしい味」
「美味いか?」
「美味いに決まってんだろ」
即答で返ってきた言葉に頬が緩む。
自分以外の人にご飯を作るなんて一人暮らしを始めて以来だ。
普段だったらご飯とおかずという質素な食卓だが、サスケがいるということで育ち盛りにそんな
貧相な物を
食べさせたら可哀想だと、冷蔵庫の中にある余った食材で味噌汁と野菜炒めも作った。
図体がデカくなろうが、口が悪くなろうが、やっぱり可愛い弟に変わりはないのだ。
「で?今日は何で来たんだ?」
「ん?父さんから聞いてないのか?」
「全然」
「今日から1週間、俺ここで暮らすから」
「はぁ!?」
ナルトは口の中に物が入っていることも忘れて大口を開けて驚いた。
そのせいで正面に座るサスケの顔は食べカスだらけだ。
「お前、汚い」
「あ、わりぃ」
慌ててティッシュを差し出す。
ナルトは部屋の隅に目をやるとサスケの荷物を見つけた。
確かに、1週間は泊まれそうなくらい巨大な荷物だ。
「でも何で」
「父さんが1週間、会社の慰安旅行に行っちまったんだよ。で、物騒だからお前んち行けって」
「高校生にもなって物騒ってなんだよ。父さんは相変わらずサスケに甘いなぁ。つーか、慰安旅行1週間ってどうよ」
ハァ、とため息を吐きながらナルトは肩を落とした。
「俺んち余分な布団ねぇぞ?」
「家から持ってきたから大丈夫」
「学校どうするんだ?」
「こっから通う」
「・・・・・・」
「他に何か意見は?」
「えっとー」
「どうしても、俺を泊めたくないらしいな」
ニヤとサスケは意地の悪い笑みを浮かべた。
「そ、そんな事はねーってば。急だったからビックリしたんだよ」
ナルトは自身の動揺をサスケに悟られまいとご飯をガツガツと口に放り込んだ。
サスケはそれ以上特に何も突っ込まなかった。
それから先のことは覚えていない。
食器はサスケが洗った気がする。
とりあえず居候だという立場を心得ているようだ。
風呂に入り、髪を乾かし、歯を磨き。
ナルトは全てにおいて上の空だった。
サスケの視線が気になる。
だが、ナルトはそれに気付かないフリをした。
気付いたら、何かが終わる気がしたからだ。
部屋は1つしかないのでナルトがベッドで寝て、サスケはその側で布団を敷いて横になった。
2人は電気を消した暗闇で、天井を見上げながら会話をしていく。
「お前明日何時に起きんだってば?」
「学校があるからな。7時だ」
「じゃあ俺と一緒だな」
「そうか」
こうやって2人きりで話すのは何年振りだろうか。
最初は戸惑ったが、慣れてみればやっぱり兄弟。誰よりも一緒にいて落ち着く。
(サスケももしかしたらあの事をなかった事にしてやり直すために来たのかもしれない)
また、あの頃みたいに戻れるだろうか。
やがて、体の緊張が解けてナルトはうとうとし始めた。
仕事の疲れもあって、眠りに入るのにそんなに時間はかからなかった。
だが、ナルトのその願いはいとも簡単に崩れ去る。
「う…」
ナルトは寝苦しさに目を覚ました。
体が重い。息が苦しい。
そっと目を開けた。
暗闇よりも更に黒い瞳と目が合う。
「サスケっ!?」
サスケがナルトに覆い被さるようにナルトの上に乗っていた。目が合うとニヤリと笑った。
「てめっ。どういうつもりだってば」
「あ?見て分かんねぇのか?襲ってんだよ」
「ッ。俺は、お前の兄貴だぞ」
「血は繋がってない」
「それでもだっ。やめろ!」
サスケに殴りかかろうとするが難なくその腕は掴まれて、逆に頭の上で両手を押さえられた。
片手で押さえられているにも関わらずびくともしない。
ナルトの抵抗を無視してサスケが服の中に手を入れる。
「やめっ…」
サスケが触れた部分からぞくぞくと全身に感覚が広がる。
「うっ…」
ナルトは必死で声を抑えた。
それが兄としてのプライドを守るための最後の抵抗だった。
目を閉じると優しい父の笑顔がそこにあった。
今、父がこの2人を見たらどう思うだろうか。
ナルトはぐっと唇を強く噛んだ。
うっすらと涙が滲んでくる。
悔しいのか、悲しいのかよく分からない。
「や、止めるんだ、サスケ…」
ナルトの声に今まで胸元を舐めていたサスケが顔を上げた。
「父さんが知ったら、悲しむってば」
ピクリとサスケの体が僅かに揺れた。
「もう、止めるんだ」
あと少しだ、そう考えながらナルトはサスケを諭すように言葉を紡ぐ。
サスケは掴んでいたナルトの両手を解放すると彼の身体を掻き抱いた。
「なっ、サスケ!?」
「・・・・なんだ」
サスケはナルトの肩に顔を埋めながらくぐもった声で何かを言った。
「え?」
ナルトが聞き返す。
「ずっと好きだったんだ!父さんなんか関係ない・・・!」
「サスケ・・・」
こんなに辛そうなサスケを見たのはいつぶりだろう。
(あ、確か・・・)
ナルトの脳裏に幼い記憶が浮かぶ。
サスケの母親が男を作って出て行こうとした時、最後まで引き止めたのはサスケだった。
泣いて、顔がグシャグシャになりながらも母親に縋った。
おかあさん、行っちゃヤダ・・・!!
あの時、ナルトは誓った。
これから何が起ころうとも、サスケをこんな風に泣かせはしないと。
サスケは、俺が守るんだ
「泣くな・・・サスケ」
そっとナルトはサスケの頭に手を置き、赤子をあやすように優しく撫でる。
「・・・兄ちゃん」
耳元でサスケが囁く。
その声に艶が混ざっていることにナルトは気付いた。
お前はズルいな
そんな声で言われたら、抵抗出来ないだろ
やがて、サスケが顔を上げてナルトと真正面から向かい合った。
ゆっくりとサスケがナルトの顔に近付き――――唇が重なった。
「ナルト」
首筋に口付けながらサスケがナルトの名を呼ぶ。
ナルトは抵抗しなかった。
代わりにサスケの背に腕を回し、強く抱きしめた。
そうやって、お前は俺の名を呼ぶ
まるであの時のように
あの夜、俺たちは禁忌を犯した。
そして、再び今夜も――――。
→
うちのサスケは絆創膏貼ってばっかだ