桜色

 

 

 

「は?護衛?」

カカシは里一番の権力者である火影に素っ頓狂な声で聞き返した。

「うむ、この姫の護衛だ」

そう言って5代目火影である綱手は写真を取り出した。

写真に写っていたのは桜色の髪、翡翠の瞳をした1人の少女だった。

「この子の護衛を、俺が?」

「何か文句あるのか?」

「いや、ないですけど、S級ランクの任務で護衛って…。中忍レベルで十分じゃないんですか?」

一国の姫の護衛なんてせいぜい中忍レベルが妥当。

上忍の、しかも暗部である自分が護衛というのはいささかやり過ぎではないだろうか。

何を姫から守ると言われたら、盗賊辺りであろう。そんな奴らはカカシにとって寝ていても倒せそうな対象である。

「お前の言い分も分かる。だが、向こうは万全の体制にしたいと言っている。頼む」

「…分かりましたよ」

火影の命令に背けることなぞ出来ない。附に落ちない点はあるが、カカシはその任務を引き受けた。

 

 

その国の名は花蝶の国。

小さな国ではあるが、この国の花は他国のそれに比べて香りが良く、長持ちした。

花蝶の国は、その花を原料とする香水を輸出して得た外貨で豊かになっていった。

国の名の通り、国中が花で覆われていた。そして、その花の持つ蜜を求めて蝶がヒラヒラ舞っている。

「まさしく、花と蝶の国だな」

カカシはこの国に初めて入る。

名前は聞いたことはあるが、まさかこのような天国を思わせる風土とは考えなかった。

花や蝶には知識のないカカシでも、鮮やかに咲き誇る花や、優雅に踊り舞う蝶を見ていて不思議と心が和らいだ。

 

 

 

 

「ようこそ、お待ち申し上げておりました。」

カカシの依頼人である男が言った。

「はたけカカシです。」

「遠い所をわざわざ申し訳ない。護衛期間は1ヶ月で、少し長いですが、よろしくお願いします」

「はぁ…」

カカシは不思議に思った。

護衛1ヶ月なんて、長すぎる。

そもそも護衛に期間を設けること自体があまりないのだ。

大体の場合は、目的地に到着するまでとか、国の権力者であるならば演説の間とか、場所や期間が限定的に定まっている。

「1つ、お聞きしたいのですが」

「ええ、どうぞ」

「今回のご依頼は護衛と聞いております。

しかし、木の葉では護衛任務は中忍レベルが妥当であると決まっています。何故、上忍である私を…?」

男の表情が一瞬固まったのをカカシは見逃さなかった。

「…護衛をして欲しいのは私の娘のサクラです」

(あの写真の娘か)

カカシは彼女の髪の色を思い出した。

 

キレイな桜色の髪を持ち、名前もサクラ。

 

「あの子は生まれた時から不思議な力を持っていて、その力のせいで何度も命の危機に晒されてきました。

特に最近は頻繁に誘拐しようとする輩が増え、困っているのです。」

「つまり、中忍では手に負えないような…」

「はい、恐ろしいまでに強い忍がサクラを狙っています。せめて、あと1ヶ月…。お願いします」

(そういう事だったのか)

中忍では敵わないような輩が姫を狙っている。

「分かりました。ご依頼を正式に引き受けます」

「ありがとうございます。では、娘の所までご案内致しますので、ついてきて下され」

男は立ち上がって、障子を開けた。

男の後をついて行きながら、カカシはまだ納得いかないことがあった。

(こんな小さな国の姫をさらって何があるんだ?姫の持つ特殊な力とやらが関係するのだろうか…)

「さ、着きました。ここがサクラのいる部屋です」

男の声がカカシの考えを遮った。

(姫に会えば、分かることだ)

「サクラ。護衛をして下さる方がみえたぞ」

「どうぞ」

中から凛と響く透き通った声が聞こえてきた。

声の持ち主の意志の力強さを秘めているようだった。

「私はサクラには会えません。どうか、娘をよろしくお願いします」

男は深々と頭を下げた。

その顔は何かに耐えているようだ。

 

「失礼します」

一言声を掛け、障子を開けた。

一瞬、思考が停止する。

 

ピンク色の髪、翡翠色の瞳。

写真で見た通りの少女。

だが、写真からは伝わらない瞳の光がカカシを刺す。

 

目を反らしたいのに反らせない。

 

己を見透かされていそうなのに、もっと見ていたい。

 

そんな相反する感情がカカシの中で生まれた。

 

「どうぞ、お入りになって下さい」

入り口で立ったままのカカシにクスッと笑うと小さく手招いた。

その仕草が少女らしからぬ妖艶さを持つ。

「…は。失礼致します」

部屋に入ると柔らかな香りが鼻をくすぐる。

「初めまして、忍者さん。私の名前はサクラです」

「はたけカカシです」

「カカシ…さんね。1ヶ月だけですが、どうぞお願いします。」

その言葉にカカシは何かが引っ掛かった。

「あの…」

「はい?」

「先程、あなたの父上もおっしゃっていましたが、何故1ヶ月なのですか?」

その言葉に一瞬だけサクラは体を強ばらせた。

「お父様から聞いておりませんか?」

「護衛以外については何も」

「そうですか…。少し事情がありますが、護衛に関係していることではありませんので、ご心配なさらずに」

「…は」

(妙だ…)

 

まるで、あと1ヶ月で全てが終わるような話しぶり。

カカシに一抹の不安がよぎった。

 

 

 

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