桜色2

 

 

 

サクラの護衛を始めて1週間が経った。

カカシの思った以上にサクラの護衛はさほど困難なことはなかった。

サクラは一国の姫だというのに、1日の大半を自室で過ごしている。

カカシが最も警戒していたのはサクラが大衆に現れることによって敵の見分けがつかなくなることだ。

サクラの肉親であろうと、相手が忍者ならば変化の術も有り得る。

誰も信用出来ない。しかし、サクラは1日ずっと書物に読みふけっている。

よって、護衛するカカシにしてみれば楽ではあるのだが。

「どうかなさいましたか?」

サクラは自分に注がれる視線に気付いて顔を上げた。

「姫は…」

「そんな堅苦しくしないで下さい。カカシさんは普段もっと肩の力を抜いた方でしょ?」

サクラの言葉にカカシは驚くと同時に戸惑った。

「何故、そう思う…の?」

ですか、と敬語を使おうとしたが、サクラの言われた通りにしてみた。サクラは満足そうに笑った。

「何となく。カカシさんはそんな堅苦しい喋り方似合わないなぁと思って」

「姫は」

「名前で構いません」

カカシの言葉はまた遮られた。

「…サクラさんは」

「まぁいいわ」

サクラはようやく満足したようだ。

「サクラさんは一国の姫なのに、何故公の場に出ないの?」

カカシがかつて護衛してきた大名は、皆が何かしら国の重役を務めており、毎日忙しなく国中を動き回っていた。

「簡単なことです。今、この国の正式な姫は私の妹。私の立場は…そうね、姫様の相談役ってとこかしら」

「ではどうして妹君ではなく、あなたに護衛が?」

「それはね…」

サクラは口を開くが、カカシの後ろにある障子に目をやると立ち上がった。

「サクラさん?」

「百聞は一見にしかず。ちょっと来て下さい」

サクラはカカシの隣を通り過ぎて障子を開けた。

眼前には屋敷と同じように立派な庭が広がっていた。

サクラは庭に降り立つと庭の隅まで歩いた。

そこには、1匹のウサギがうずくまっていた。

白い毛並みが血で染められている。怪我をしているようだ。

「かわいそうに。痛かったでしょう」

サクラは着物が汚れるのもためらわず、ウサギの傍にしゃがみ込む。

カカシはその後ろ姿を見ていた。

「お父様からお聞きしましたよね。私には不思議な力があると」

「はい」

「これが、その力です」

サクラはウサギに手をかざした。

 

 

ヒラリ

 

ヒラリ

 

 

 

「蝶…?」

サクラの手とウサギの体の僅かな隙間に蝶が2、3匹舞っている。

蝶はウサギの傷口に止まった。

ハタハタと、蝶の羽が動くと、ウサギの体を染めていた赤い血が見る間に消えていく。

やがて元の白い体に戻るとウサギがピクリと動き、起き上がった。

ウサギの周りを舞っていた蝶が花火の最後のように一瞬光輝いて散った。

ウサギはその場を駆け去る。

「元気になって良かった」

後ろ姿を見送りながらホッとサクラは息をついた。

サクラは後ろで固まるカカシに向き直るとゆっくりと近付く。

カカシはサクラの目を見つめたまま動けない。

「どうしてこんな力を私が持っているか分からないけど」

サクラはカカシの手を取ると手袋を外す。甲には大小様々な古傷があった。

カカシは抵抗せず、サクラのなすがままだ。

「傷に触れるだけで治ってしまう。どうしてかしら」

サクラはカカシの手に自身の手を添えた。 蝶が1匹現れる。

そして先程と同じように一瞬輝いたかと思うと散っていった。

サクラが手を退けるとカカシの手にあった傷は影も形もなく消えていた。

「古傷まで…」

カカシは驚いたようにまじまじと自身の手を見つめた。

まるで手品のように傷は消えてしまったのだ。

「私を誘拐しようとする輩は私のこの力を狙っています」

確かに便利な能力だ、とカカシは思った。

サクラのこの力がどの程度の重傷者に効くか分からないが、少なくとも先程のウサギは虫の息だった。

そのウサギを治した点から考えてもかなり高度な治癒力に違いない。

忍の世界でも治癒が出来る者は限られてくる。

しかもチャクラを大量に必要とするので術者の負担も比例して大きい。

(戦争で怪我をした忍の治療のためか…?)

サクラに地位はない。

ならばサクラをさらおうとしている者も恐らくサクラのこの力が目的であろう。

「すごいね。ウサギと言えど、あの重傷を治すなんて。俺の周りそんなすごいこと出来る奴にはいないよ」

「すごくなんてないですよ。私は屋敷から出られない身。私が治療出来るのは、力を持った大名だけですもの」

サクラは屋敷を囲う塀を見つめた。

「本当に力になりたい人はこの向こうにいるのに」

サクラは苦しげに眉間に皺を寄せた。

優しい子なんだと、カカシはサクラを見つめながら感じた。

彼女を見ていると、かつて自分にもあった人の気持ちを思い出す。

悲しいことがあれば泣き、嬉しいことがあれば笑った。

しかし、忍には必要ないものだと思い、全て捨てた。

 

彼女を見ているとこんなにも穏やかな気持ちになるのは何故だろう。

 

カカシは無意識に自問自答していた。

 

 

 

 

inserted by FC2 system