桜色3
今日もサクラは自室で難しそうな本を読んでいる。
「いっつもそんな難しい本読んでるね。たまには違う本読んだら?」
カカシの手にはいかがわしい愛読書が握られている。
「一見難しそうですけど、読んでみると意外と面白いんですよ」
「どんな内容?」
「人間の細胞中にあるミトコンドリアっていう器官は昔別の生物で、長い間共存を続けていたら、合体してしまって、何故そのような現象が起こったのかを」
「や、もういいや」
頭を抱えたカカシの様子にサクラはフフッと笑った。
「カカシさんこそ、たまに開くその本は何ですか?」
「これ?これは男女の恋愛を情緒的に描きつつ、リアルな描写を時に混ぜながら織りなされる壮大なストーリーだよ」
「恋愛…ですか」
サクラがきょとんとしながら言った。
「サクラさんは興味ないの?君くらいの年齢ならシンデレラに憧れるってことはもうないだろうけど、気になる男くらいいるんじゃないのかな」
カカシは鎌をかけたつもりだった。
しかしサクラの答えは意外なものだった。
「シンデレラ?」
小首を傾けて頭の上には?マークが見える。
「知らない?」
「何かの、物質ですか?」
…笑いを通り越して驚くしかない。
あんな難しい本を読める子がシンデレラも知らないなんて。
「じゃあ白雪姫は?」
「分からないです」
「眠り姫は?」
「うーん…」
本当に知らないようだ。女の子なら一度は必ず読んだことがあるだろう物語ばかりなのに。
「生まれてからほとんど屋敷を出たことがありませんし、読める本の内容も限られていましたから」
笑みを浮かべながらも、うつむき加減にサクラは言った。
(これじゃあまるで監禁だ)
いくら大事な娘だからと言ってそこまで制限するだろうか。
「見たくない?」
「え?」
「シンデレラとか、そういうおとぎ話。俺の住む里から取り寄せることが出来るから」
瞬間、サクラは嬉しそうに微笑んだ。
「是非見たいです!」
「分かった。明日にでも届くようにするよ」
初めて年相応の笑顔を見たカカシはドキリとした。
(あんな笑い方するんだ)
今まで、サクラは笑うことはあってもその笑みはどこか憂いを帯びていた。
まるで、己の運命を悟っているかのような…
カカシは口寄せの術で犬たちを里に走らせた。
命令内容は「童話を手に入れろ」
パックン一同が戸惑っている姿には思わず笑ってしまった。
その夜。
「サクラさん。見てごらん。きれいな月だ」
カカシは障子を開けた。
夜空に月を遮るものは何もなく、欠けても尚地上を穏やかに照らす。
「…もうすぐ満月ですね」
サクラの声は少し小さかった。
カカシがサクラに目をやるが、表情はよく見えない。
「あんまり、嬉しくなさそうだね」
「ええ…。満月になるのはちょうど1週間後。護衛が終わる日ですから」
「?」
その言葉の真意をカカシは分からなかった。